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    9/10 「有職織物と文様」 
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      藤井健三さん「有職織物と文様」
      (財)西陣織物館 顧問 藤井健三 さん

      日本の自然と、平安時代の朝廷を中心に
      貴族の高雅な美意識によって、
      「有職織物と文様」が創造されてきました。
      柔和な質感、穏やかな色調、
      親しみやすい文様、いずれも上品な味わいを
      漂わす、もっとも日本的な織物です。
       一千年前から多くの人々に愛され、
      現在もいろいろな分野で用いられている
      「有職織物と文様」について学びます。


      藤井さんは、染織試験場に務められていた方で、
      京都の染織の産業、着実、文様などに精通、たくさんの著書もあります。
      今回のきもの学では、この講義の前にも、
      9/4の実地研修・西陣織コースでの解説もしていただきました。

      有職の話は、なかなかムズカシイ。
      年中行事を儀式化して有職として整えていった背景には、
      一年を滞りなく過ごすための儀式を行うこと自体に祈りがあり、
      型にして前回と同じように行うことが、
      今回も同じ結果を導くだろうという期待を含んでいるのだから、
      先例にがんじがらめになる必要はなく、どんな先例でもその時代の
      環境にふさわしくなければ執り行われなかったということらしい。
      なるほどね。この点は、勘違いしておりました。
      現状維持が最優先のお役所仕事なんだと思ってたヨ

      衣紋道…自分で着れた萎装束から形式が重要視されて
      自分で着られない強装束になっていったのだけど、
      その着装の介護者として衣紋家が生まれたのが平安末期。
      その衣紋家の開祖が源有仁(花園の左大臣)。
      この道が、大炊御門家→高倉家、徳大寺家→山科家へと伝わり、
      今に至るらしい。だから、十二単の着装ができる人たちが、
      「わたしは御所で習った山科流です」とか、言うのはこれだね。

      羅のスライド堅地綾は
      経3緯6枚綾、とか
      顕紋紗(けもんさ)は
      三つ捩れ、とか
      ろくろの仕組みで
      綾を織るから偶数の
      綾になる、とか
      ?????????
      わたしも織物の勉強
      がまだまだダナと
      反省しましたよ。

      しかし、製織は3次元のことでしょう?
      それを言語でわかりやすく伝えるというのはできることじゃない気がする。
      実物のアップと図示は必須じゃないかしらん。

      聞いてすっきりしたことのメモ書き。
      有職文様の「カ紋」の「カ」は「窠(=水鳥の巣)」のこと。
      そこから派生して、「花紋」「瓜紋」へと発展。
      大きな市松模様は「石畳」、小さな市松模様は「霰」。
      だから、「かにあられ」は「カニカニあられ」ではなく「窠に霰」、
      小さな市松模様の地に、水鳥の巣を上から見たような感じの
      丸い模様が入っている文様のことなんだね。

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